マリス博士の奇想天外な人生/感想
DNAの断片を増幅するPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を開発し、1993年度のノーベル化学賞に輝いたキャリー・マリス博士による人生を描いた書籍です。
アブない実験を繰り返し、女性好きでサーフィン狂、そしてさまざまなドラッグも経験した氏の本書は300ページ超あるにも関わらず、まったく飽きさせることなく読み進めることができる。且つ科学者のあり方や物事の考え方を学ぶのにもよい書籍なのではなかろうかと感じているのは私だけではないと思う。
キャリー・マリスという人間
デートのドライブ中にノーベル化学賞に繋がる画期的なアイデアを閃いたり、研究室の女性に手を出して見つかったり、O・J・シンプソンの裁判に巻き込まれたり、光るアライグマの超常現象を真剣に語っていたり、変な予知能力のある女性とねんごろになったり…などなど、全てを自身の欲望の赴くままに行動する氏には愛嬌さえ感じてしまう。
科学者でありながら光るアライグマの超常現象について1章を割き、真剣に記述しているあたりを読み進めるとなんだか微笑ましくなってしまう。
憎めないやつ、というのはこういう人をいうのではないだろうか。
純粋な科学者としての視点
ほくそ笑んでしまう内容だけではなく、科学者としての視点も興味深い。中でもエイズや環境破壊の真相を科学者としての純粋な視点から痛烈に批判していたりなど、非常に考えさせられることも多い。
氏曰く、エイズとHIVとの因果関係は立証されていないのだそうだ。だからといってじゃぁ何が要因になるのかというのはわからないわけだけど、要するにそのような因果関係があたかも真実のように提唱することで新車のBMWに乗ることができる人たちが増えるという。オゾンホールの存在などもまさにその典型であると記している。
それらの真相は専門ではない僕にはわからないわけだけど、兎にも角にも僕にとってはご冗談でしょう、ファインマンさんに匹敵するほど素晴らしい書籍だった。
キャリー・マリスの考え方
内容盛りだくさんの本書の素晴らしい個所だけを書き抜いても膨大な量になってしまうため、その中でのトビキリお気に入りの箇所を抜粋したい。
ナローな知識
私は常にナロー(狭い)な知識に注目する。ナローな知識こそ、ブロード(広い)な世界を説明することができるんだ。例えば、ある物質に関する有機化学。それ自体は狭い専門知識だけど、この世界のすべての局面と連結する細部を含んでいる。そういう世界を見たいんだ。ブロードな知識は表層をなぞるだけしかできないからね。
これは科学だけではなく、僕らのビジネスなんかにも言えることだと思う。ブロードな知識しか持ちえない人間は現場では必要とされず、よりナローな知識を持った人間の方が重宝されるのが昨今の傾向ではないだろうか。
私はオネスト・サイエンティスト
そもそも私の、世界へのアプローチは、この世界になにかグランドデザインがあってそれを証明しようとする、というものではないんだ。仮説を証明するデータがほしいんじゃない。むしろ世界がどうなっているか知りたいだけなんだ。それは子供のころガレージで実験していたころからまったく変わっていない。だから最初に考えていた通りにならなくても全然かまわない。むしろ、あれ?そうなんだ!という展開の方が楽しいよ。でも現在の科学はそうはなっていない。みんな自分の描いた世界を証明しようとしているんだ。エイズがレトロウィルスによっておこる、人間の活動によってオゾンが破壊され、オゾンホールができる、地球が温暖化している。これらはみんな仮説だよ。そしてやろうと思えばそれを支持するデータを集めてくることなんてことは簡単なんだ。でもそれは世界の成り立ちを知ろうとする行為ではない。
仮説を立てるという部分から、氏の推奨するように自分の描いた世界を証明しようとする行為のところには激しく同意した。もっと柔らかく考えることでができれば新しい発見をできるかもしれないじゃないですか。真実の前に変なプライドはいらないのだよ。
また「やろうと思えばそれを支持するデータを集めてくることなんてことは簡単なんだ」という通り、リスティング広告やアクセス解析だって出た数字を良く見せることだって悪く見せることだってできるのはあまり知られていないかもしれない。データは抽出する人間次第でどうとでも見せることができるから、大事なのは数字やデータに騙されない術を持つことだ。
マリス博士の奇想天外な人生/最後に
そして本書でも2度紹介されている下記の内容がマリス博士の人物像をよく表していると思う。
人類のできることといえば、現在こうして生きていられることを幸運と感じ、地球上で生起している数限りない事象を前にして謙虚たること、そういった思いとともに缶ビールを空けることくらいである、リラックスしようではないか。地球上にいることをよしとしようではないか。最初は何事にも混乱があるだろう。でも、それゆえに何度も何度も学びなおす契機が訪れるのであり、自分にぴったりとした生き方を見つけられるようにもなるのである。
一見イッテしまっているトンデモ科学者だけど、僕はこういう考えのマリス博士が好きになった。
本書はなんだかいろいろ考えすぎてしまっているような人には新しい考え方を提供してくれるかもしれないし、そうでない人にとってもこれまでとは違った視点を見つけることができるかもしれない、そんなお薦めの素敵な一冊です。
早川書房
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