再現性のないプロセスによる成果は、本当の成果とはいえない
世の中にはなんとなくで成果を上げてしまったり、誤った解釈で奇跡的に成果が出てしまったりすることを、当たり前のようにやってのけてしまう不幸な場合がいます。
こういった場合は意外にも多い世の中のようで、ええ、なんともむなしい気持ちになったのでちょっと書いてみたいと思います。
再現性のないプロセスによる成果は、偉大なる”まぐれ”
私たちの業界でいえば、なんとなく売れちゃった場合だったり、なんとなくそのアカウントがうまく行っている場合だったり、と、問題の大小は問わずさまざまですが、こういった事例は数多くあります。
そういった再現性のないプロセスによる成果は、偉大なる”まぐれ”であって、本当の成果ではないと思うのですが、まわりにも本人にもあまりにも勘違いされてしまっていて、そのたまたまの成果によって「自分は天才だ」とか思っちゃうような人は、”ど不幸”な方だと思うのですよ。
何故、不幸なのか?
過去の施策を振り返る機会が極端に少なくなってしまうからです。私は、人は施策の結果や過去の過ちなど多くのことから、「これは仮説があたっていたな」とか「ここはちょっとずれてたな」などと解釈し、「次回はこうやって攻めよう」とか「もうちょっと角度の違うアプローチをしてみよう」などと、多くのことを振り返ることによって微調整しながら成長するのではないかなと思っています。
その為、振り返る機会が極端に少ないのは不幸の始まりかもしれません。
そして一度”まぐれ”な成功をしてしまうと、そのプロセスを引きずる場合が多く、新しい情報を受け入れにくくなってしまう負のスパイラルに突入します。こんな不幸なことはありません。
過去のものをリプレイするだけでは”二流”
本来の”成果”とは?、題名にも出てしまっていますが、やはり再現性のあるプロセスによる成果こそが本当の成果なのではないでしょうか。
ここでいう”再現性”というのはいわばフレームワークのようなものを指しています。フレームワークはある程度のフォーマットを持っていて、そのフレームワークは、取り組むものや状況、時期、などに合わせて柔軟に切り替えていかなければなりません。ただ再現をするだけでは進化のしない、成長のしないばかの一つ覚えのようなものになってしまいます。
過去の事例から多くを学び、独自のフレームワークを進化し続けることが出来る場合こそが本当の成果を生み続けるのだと思います。
つまり”なんとなく”ではだめなのです。
最近はどこをみても、結果オーライ的な成果至上主義が多すぎる気がするので、ちょっと書いてみたかった内容でした。はい、自戒します。
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